『新編鎌倉志』等によれば円応寺は1250年の創建で、開山は建長寺開山蘭渓道隆の弟子にあたる桑田道海とされています。
しかし、桑田道海は1309年の没で、年代が合わないこと、1250年といえば師の蘭渓道隆が開山した建長寺の落慶より以前であることなどから、当初から禅寺として建てられたことには疑問が持たれています。
円応寺は当初は由比郷見越嶽に建てられたようだが、ほどなく滑川の川岸へと移転しました。
鎌倉市材木座5丁目11番地に新居閻魔堂跡を示す石碑が残っていて、現在の川岸から200~300メートルほど東側に離れているが、閻魔堂創建当時はこのあたりが川岸だったと想定されています。
なお滑川下流部は別名閻魔川とも呼ばれるが、これはこの閻魔堂に由来します。